2013年9月30日月曜日

第23回例会発表概要 池原舞

来る2013106日(日)に行われる日本音楽理論研究会第23回例会で発表する、池原舞氏の発表概要を掲載いたします。

「ストラヴィンスキーの《レクイエム・カンティクルス》における作曲プロセス」

イーゴル・ストラヴィンスキーの音楽には、「ブロック構造」と呼ばれるような楽曲構造上の特徴がある。これは、諸要素の配置が楽譜上でブロックの堆積のように見える構造のことである。こうした構造を、先行研究の多くは、作品の最終形態である出版譜から抽出してきた。そこでは、作曲プロセスの初期段階にブロックがあることを前提とし、それらが組み合わせられたものとして説明されている。だが、楽曲構造上著しい特徴を成す塊としてのブロックと、作曲の操作の単位としてのブロックは、必ずしも同一ではないはずである。すなわち、ブロックが組み合わせられているように見える音楽が、実際にブロックを組み合わせて作られたものなのかという問題は、明らかにされていない。

こうした問題に迫る試みの一つとして、本研究は、バーゼルのパウル・ザッハー財団に所蔵されているストラヴィンスキーの自筆譜から作曲プロセスを辿ることによって、作品構造がどのように形成されたのかを示すことを目的としている。対象作品として、晩年の大作である《レクイエム・カンティクルス》を選んだのは、作曲プロセス解明に有効な、以下の三点の特徴があったことによる。

第一に、全曲が2つの原音列に基づいた12音技法で書かれている点。とくに、この曲に多用されている6音ローテーション・システムは、チャートを作り、そこから音高を抽出する作業が必然となる。その複雑な手順が、自筆譜に残されているのである。第二に、五線ローラーによる手書きの譜表が用いられている点。ストラヴィンスキーは、書く度に必要な分の長さだけ五線を引いて作曲していた。ゆえに、五線の長さから、音楽が思考された単位を推測することができる。第三に、紙片の切り貼りによる作曲法が用いられている点。スケッチは、作曲ノートや定型の五線紙に書かれているのではなく、切り取られた紙片に書かれており、それらが別の紙に貼り合わせられている。そして、貼り合わせられたものをもとに、次の段階の楽譜が書かれている。そのため、切り取られた紙片と貼り合わせられた台紙の紙質や形状、貼り合わせられる際に用いられた粘着テープの様子からも、書かれた順序を根拠付けることができる。

 以上の手がかりに基づき自筆譜を精査した結果、出版譜の中でブロックと認識されるものは、作曲における初期段階から同じ単位のブロックとして生み出されていたわけではないということがわかった。

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